モンゴル回想記

鈴木 一生

8月14日から8月23日まで八王子エスペラント会の人たちと一緒にゲル暮らし を体験してきた。それから8月23日から8月28日までモンゴルのエスペラント仲 間の家に宿泊した。

モンゴルの笑い話

モンゴルの笑い話にこういうのがある。上の図のように神が中心にいる。神は縦書き で左から右へ文字をかいた。モンゴル人は、それにならって同じように文字をかい た。しかし別の方向からみたアラブ人、西洋人、日本人はそれぞれ間違った方向で文 字を書いてしまった。

モンゴル人だけが正しい方向で文字を書いていたのだ、という話である。

モンゴル事情

遊牧民であるモンゴル人は放牧をして暮らしている。しかし現在、都市への過度の 集中現象が起こっている。いわゆる都市生活者(総人口の51%)は農牧地帯生活者 (49%)をこえてしまった(世界大百科事典、平凡社による)。首都・ウランバー トルには総人口260万人の内60万人が生活している(風の旅行社 01'によ る)。そこだけで23%の人が住んでいることになる。だが人口増加に反比例して、 一人当たりの仕事量は減少している。

田舎ぐらし

モンゴル独自の暮らしがつづいている田舎方面に10日間滞在した。そこは大自然そ のものだった。山と平原、きれいな空気、空の青さがあった。空の青さは、濃い、 くっきりとした色をしている。晴れの日には、太陽の光がぽかぽかとあたたかく、す ずしい風がときおり吹き抜けて、それが気持ちいい。他には何もいらないという気に なる。

私たちは、ゲルという組立式住居にとまった。テントの大きくなったものだと思って もらえばよい。

モンゴルの夏は、日本の夏とくらべて寒い。最高でも20度までしか上がらない。晴 れの日はあたたかいが、雨や曇りの日は身の震えをかんじる。冬にはマイナス30度 まで下がる。

だからゲルの保温性は重要な点になってくる。ゲルの幕には5枚位の皮や布を重ねて おおっているから耐熱性はいい。ゲルの中に入るだけで寒さはしのげるし、ストーブ を炊けばすぐに温かくなる。

夜になると天の川を見ることができる。日本では見ることができないので、見るのは 初めてだった。それはきれいだった。まわりに明るいものがなにもないから、見るこ とができるという。山のむこうからむこうまで、無数の星が行列をつくって長くのび ていた。

ザハ

ザハという、日本でいうところのバザーが毎日おこなわれている。そこでは安い衣類 や日常品を数多く求めることができる。そして大勢の人で混み合うため、スリも集 まってくる。私の連れは財布をすられかけたが、私は難をのがれることができた。ザ ハに行く時にはパスポートなどの貴重品はおいていったほうが安全だといえる。

ホーミー

ホーミーというモンゴル伝統の唱法の一つがある。それは、アルトとソプラノとを一 人が同時に発声する歌い方である。アルトは、喉か喉の奥か胸から発する。ソプラノ は、口の共鳴箱で倍音を上手に共鳴させて響かせる。一人の人から同時に二つの声が 聞こえる。実際に聞くとそれは大音量で圧巻だ。松任谷由美の声がホーミーの声に似 ているという人がいる。しかしあの迫力はきかなければわからない。

五畜(馬・牛・羊・ヤギ・ラクダ)

モンゴルではたくさんの家畜をみつけることができる。家畜の数は人の10倍いる (世界大百科事典、平凡社による)。それは、だだっ広い平原の柵のないところで放 し飼いされている。家畜の種類には馬、牛、羊、ヤギ、ラクダなどがある。

モンゴル人は家畜に並々ならぬ愛着をもっている。特に馬に関しては、それは移動の 手段であり、乳と肉とを提供してくれる貴重な動物なのである。また、例えば他家の 家畜と自分の家畜とが混ざり合ってしまった場合でも、どれが自分の家畜かがわかる という。顔や体のわずかな違いで覚えているというから驚く。

家畜に愛着をもっているといっても、それは元々食べるためにある。時期が来たら、 殺して食べる。愛着のある動物を殺すなんておかしいというかもしれない。しかし、 殺さないと人間が生きていけないから仕方がない。殺した家畜は一切無駄なく利用す る。肉と内臓は食料になる。皮は皮製品になる。歯やひづめは装飾品になる。

全ての家畜から乳を搾る。モンゴル人は、家畜がいるおかげで自分達は生きていける のだと考えている。だから肉はもちろん、牛乳も残すことはない。

ごちそう

モンゴルでは、生きた羊を提供することは客人に対する最高のもてなしだという。私 は、モンゴルのエスぺランチストに最高のもてなしをしてもらった。

羊の解体方法を紹介しよう。断末魔の声をあげさせないために、生きた羊を仰向けに する。そして胸をナイフでさく。その切り口に手をつっこんで、指で心臓の静脈を止 めてしまう。そうすると羊は眠るように死んでいく。それから皮と肉と内臓とに分け る。腸にのこっている大便を指でしごいて外に出す。捨てるのはこれだけで、あとは 全て利用する。腸は、腸づめに使われる。

羊の肉や腸を塩ゆでにして食べた。新鮮な肉は市販のよりおいしい。耳がコリコリし ているのが印象的だった。

飲み物に牛乳のおじやと馬乳酒とを供してもらった。前者は、牛乳に米と砂糖とがは いった飲み物である。日本人の私としては、これはちょっと飲めない、という代物 だった。しかしモンゴル人はこれを丼についでガブガブ飲む。モンゴル人にとっては 国民食なのである。後者は馬乳を発酵させてつくったお酒である。これは酸味のきつ い、弱いお酒だ。日本人とっては、匂いがきつく鼻につくので、とても飲めないとい う感想だ。

私は両方とも残してしまった。「すまない」と言った私に対して、「気にしなくてい いよ」とモンゴル人は言ってくれた。モンゴル人は乳をとても大事にしているので、 簡単に残してしまうと、彼らの気持ちを害してしまうのではないかと思う。

食あれこれ

モンゴルの人は肉を朝、昼、晩ごとに食べる。ご飯と一緒に食べることはないではな いが、日本人ほどではない。肉を多く食べるせいか、モンゴル人は体格のいい人が多 い。飲み物は、よく牛乳を飲む。モンゴル人にとってはお茶みたいなものである。

ウルムという食べ物がある。これは沸騰した牛乳の泡を一晩冷やした、クリーム状の 食べ物で、純粋な味がする。日本でも昔、醍醐という名でこの食べ物は存在してい た。醍醐の味はとっておきの味ということから、醍醐味ということばが生まれた。現 在は、物事のとっておきの面白さという意味でつかわれている。つくるのに手間がか かるから、日本では、今はもう作っていないという。

接待

10日間のゲルぐらしのあと、エスぺランチストのアパートに6日間お世話になっ た。モンゴルでは多くの建物は政府によってつくられるから、どこのアパートも似た ようなつくりになっている。二重窓や集中式暖房などの耐寒設備がある他に、日本の アパートと大したかわりはない。

客には最高のもてなしをするというのがモンゴルの美徳なのであろうか。私は一切の 不便を感じることなく過ごすことができた。毎日、いろんな人が、たちかわりいろん な場所に案内してくれた。「お腹はすいていないか」「喉はかわいていないか」「ど こか行きたいところはないか」といつでも気をつかってくれる。こういうことをして くれると、やはりうれしいものだ。ある時、食堂で「日本人は毎日ごはんを食べない と生きていけない」といったら、ごはんだけがのった皿をもってきてくれた。これも 愛敬というものだ。むしろ、皿を持ってきてくれたことに対してありがたみを感じ る。

他己紹介

さてここで我が敬愛なるエスぺランチスト諸君を紹介しよう。

ドクスレンさん
――年配の男性。チベット仏教(ラマ教)の先生。鷹揚な性格の持ち 主。今度新しく設立されるE協会の会長になる予定。他のエスぺランチストをまとめ あげる。
マナルチョフ
――25、6才の男性。医者。陽気な性格。いつも鼻歌を歌ってい る。5泊のうち4泊彼の家に世話になった。エス歴は1ヶ月と短いが、私を家にすす んで泊めてくれた。モンゴル相撲の大ファンで日本相撲にもくわしい。
エンヘー
――30才ちかくの男性。大学の先生。山への散歩に連れていってくれた。 ものしずかでなにやら思慮深そう。言うことばにおもみがある。
バトザヤ
――30過ぎの男性。10年以上日本語をならっていて、上手にしゃべる。 日本のことにもくわしい。私が汚い字でメモを取っていると、「これはショドウとい うやつだろ」と尋ねてきた。私は「似ているけど違う」と苦笑して答えた。また、み んなで木の実を拾いに行ったときのことである。急に「つかれた」といって先に帰っ てしまった。まじめな性格ではないように思われる。
オッチュ
――20代中半の男性。陽気な性格。声が大きい。一晩彼の家にお世話に なった。彼と嫁さんの話はおもしろかった。エス歴は短いが、物怖じすることなく私 にしゃべりかけてくれた。
ハドバートル
――30過ぎの男性。大学で地理の先生をしている。愛敬がとてもい い。彼も初心者だが、たくさんしゃべりかけてくれた。リスの泣き声の真似がうま い。それをきいたリスは、どこに仲間がいるのだ、と首をきょろきょろさせていた。
ガンバートル
――30才位の男性。おもちゃ博物館に連れていってもらった。物腰が やわらかで、この人が日本人に一番近いのではないかと思う。3年前、八王子エスペ ラント会に招待されて来日している。帰国ぎわにウォッカをプレゼントしてくれた。

名前

ハドバートル、ガンバートルという名前はそれぞれs^tona heroo(石の英雄)、 s^tala heroo(鋼鉄の英雄)を意味する。○×バートルという名前は他にもいくらか 見受けることができる。たとえばスフバートルというモンゴル建国の英雄がいる。こ の名前の意味はhakila heroo(斧の英雄)である。ちなみに首都・ウランバートルは rug^a heroo(赤い英雄)を意味する。

モンゴル人は姓をもたない。通常、個人名だけを名乗る。学校などに同じ名前の人が いれば、父親の名前を前に付けて名乗る。

人あれこれ

モンゴル人は一様になれなれしい民族だ。「ありがとう」「ごめんなさい、すいませ ん」をいうと、よそよそしさを与えることになる。日本人の私としては、ごはんをお ごってもらって「ありがとう」の一言もいわないのは、おちつかなくって仕様がな い。

モンゴル人はまったく恥じない文化をもっているという。なるほど、立ち小便をして いる人をよくみかける。これはいい文化だと私は思い、あたりかまわず立ち小便をし ていた。ある時、女の人がそばにいるのに気づかず、私は立ち小便していた。すると 連れのモンゴル人が「おい、女の人がみてるぞ」とたしなめた。女の人のそばで立ち 小便することは、やはり恥ずべき行為なのだ。

モンゴルは男性優位の社会だという。獲物をどれだけ多く得ることができるかを重視 する狩猟社会では男のほうを重要視するからだ。しかし一見すると、男性優位という のは本当だろうかと疑うときもある。男が部屋の掃除、食事の後片づけを手伝ってい るからだ。「男が家事の手伝いをする=男女同権の社会」という考えは日本的であっ て、それが、モンゴルの考えと一致するとは必ずしも限らない。

最後に

今、モンゴルは開発の途上にある。発展というものには、何かを消し去ろうとする力 がある。それは田舎の風景だったり、田舎の人の純朴さだったりする。消えていって ほしくないと私は思う。しかし発展がなければ、物の豊かさはやってこない。そし て、日本人である私はそんなことをいってはいけない。日本は物の豊かさを手に入れ て、大切な何かを犠牲にしているのだから。