Vi ne estas sola.
La Junuloj 第62号: 巻頭言

KS がやっと終わったー。準備するのはたいへんだったぞ。たいへんだった分、来てくれた人がいて本当によかった、よかった。来てくれた人には心からのお礼を申し上げます。

さて、仕事としてのエスペラントにかかわることは大事だとおもう。KS しかり。しかし個人的にエスペランチストとかかわることも大事だ。要は酒をかっくらって楽しんでいればいいことだが、これがなかなかされていないとおもう。

KS の後に韓国人2人と日本人数人とで東京や横浜で遊んだ。これが実際、KS 中にしゃべったよりも、KS 後のようが多くしゃべっている。仕事のときよりも、個人的に会っているほうがより多くエスペラントを使うのである。


昔、日本人と韓国人とが交流することが珍しかった頃、エスペラント界ではすでに交流していた。そして今、韓国人と交流することはさほど珍しくなくなってしまった。昔はエスペラントが時代の先端をきっていたのがそうでなくなった。それならと、エスペランチストも何かあたらしい長所を見つけて、独自性をだしていかなければならない。

少し話がかわるが、英会話学校で先生や他の生徒と友達になるということがあるのだろうか。私はそこに行ったことがないのだが、友達になるということはあまりないのではないかとおもう。

それに対してエスペラントの場合では、「サルートン」を交わしたその日から親しい友達になることが出来る。さらに、パスポルタ・セルボを使えば、会ったことのない人でも自宅に泊めさせてくれる。こういうのは英会話学校にはないのではないか。人と人とが親密になっていくところがエスペラントの独自性だ、と私はおもう。

そこで話が前半に戻って、エスペラントの独自性を出すためにも、個人的にエスペランチストに会おうじゃないかというわけだ。それが自分のためにもなるし、エスペラントの活性化にもなるんだから。天照の大御神が天の岩戸をなぜ開けたのかというと、外界が楽しそうにドンチャンやっているからだ。エスペラント界外の人に、「エスペラント界はさわがしそうだな」とおもわれるようにアピールしよう。

聞いた話だが、ヨーロッパの青年たちは毎週あつまりをやっている。例えば海の日、山の日、茶の日と称してあつまっている。うらやましいではないか。もしそうおもったなら、私たちも山に行こう、川に行こう。

(鈴木一生)